第55回 ミッション37(読書シリーズ)男祭り 塙 団右衛門 登場! 後編


みなさんこんにちは!!
さて、前回から始まった、塙団右衛門のおはなし・・「団ちゃんがゆく」 その後編です。

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第3話  風雲急!!団ちゃん出陣&マネジメント大作戦(本橋町の夜討ち)

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就職(仕官召抱え)がなくて、長らく困窮していた団ちゃん。

そんな時、団ちゃんにもやっと出番がきました。関が原以来、15年間の平和が崩れ、徳川と豊臣の間に「大坂の陣」がはじまったのです。 

人手が足りない両軍からお誘いをうけた 団ちゃんはこんな選択をしました。

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徳川家康に付く・・・「有利な徳川方(40万)に就職したら、下っ端で目立たなく、おもしろくない。」(大会社で主任)

豊臣秀頼につく・・・「だが、豊臣方(15万)に付けば、ある程度の役職で就職できるし、目立てる!!男としちゃぁ、こっちよ。」(中小企業で課長)


かくして、団ちゃんは豊臣方に就職して、大坂城にはいり、「大坂の陣」は篭城戦の冬の陣がスタート。冬の陣は、真田幸村の守る真田丸という要塞戦の戦闘以外、大きな戦闘がなく推移していきましたが、

団ちゃんは、ある小さな作戦の担当長となり、自分は敵陣に突っ込まず、大将の陣地から一切動かずに部下に支持をだし、指揮。

みごとに油断していた敵の軍隊に夜襲をかけ、作戦勝ちをしました。(史実では「本橋町の夜討ち」としてのこっている)
戦果としては、団ちゃんの配下が10名戦死、敵の蜂須賀軍は100名戦死・・。という勝ちっぷり。

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ところがここからが、「団ちゃん」の真価発揮!!作戦戦闘に勝利したことを確認すると、団ちゃんひとりで自ら戦場に出て、

「今夜の夜討の大将は ばんだんえもん」ってかいた木札(号外みたいにして)を戦場で配りまくったのです!!
(「夜討ノ大将 塙団右衛門」と書かれた札を陣中にばら撒きその名を広く知らしめた(『大坂御陣覚書』)。

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僕はちゃんと知能プレイで、戦ができる面もあり、マネジメントも上手です・・・ってことを世間に大アピール!!
団ちゃん大自慢!!昔の上司の加藤よしあきらに「君はマネージャー失格!!」」っていわれた事けっこう長く根にもっていたんだな・・。

そして団ちゃんに運命のときは迫っていました。


第4話 死闘!! 1人 対 3000人!!


さて、「冬の陣」で大阪城の堀が埋められてしまうと、団ちゃんの属する大坂方は、今度の「夏の陣」では大坂方は場外に打って出なければなりません。

団ちゃんは、河内の樫井というところで行われた、この「夏の陣」の緒戦の戦闘部隊を指揮することに。大坂方は後方の本体を入れると5000の軍勢。

相手は東軍の浅野家(和歌山県の)という大名で、関が原後、平和になれてしまって、戦になれていない大名の軍の先鋒軍3000名ほどで、「第三者から見ても、負けるはずの無いいくさ」であったにもかかわらず、団ちゃんを悲劇がおそいます・・。

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自分そっくりで、オレオレな武将だった「岡部某」という武将が、団ちゃんを抜け駆けしてどんどん敵へ進んでしまったのです・・。


「なんだって!!俺様を差し置いて!!」激怒した団ちゃんは、この岡部と一番槍を競争しているうち、(一番槍=合戦でとっても勇気のある人物とされるステイタス称号)もうこうなると敵のことより、戦のことより自分が岡部より先に、「一番槍になること」だけ。

(このとき団ちゃんの頭の中には 部下のことも作戦のこともまったくなかったのね・・)

よしやったぞ!!味方の岡部を振り切って、自分が先頭に。やった俺が一番!!


だが、そうなったとき気がつくと、敵3000人の真っ只中に「団ちゃんがひとり。」

もうむちゃくちゃに暴れまくった団ちゃんは、大勢に襲われ戦死。

団ちゃんが連動するはずだった後続の部隊の作戦はおかげさまで大失敗・・。

こうして、団ちゃんは、勝手に抜け駆けして、めちゃめちゃに暴れて、勝手に死んでしまった・・。(ひぇー周りに迷惑かけまくり!!)


最終話 さよなら 団ちゃん  企業と適材適所、そして自分を活かすって・・?


司馬遼太郎さんが、その著書、「城塞」の中で、かなり団右衛門のこの最後について多くページを割いており、

ばんだんえもんは死ぬ。彼がおかれた状況はどうみてもそうではないのだが、死んだからこそ彼が国民的に愛されるゆえ・・(文章は僕のうらおぼえです・・)

というようなことを書いておられる。そう、きっと団ちゃんは団ちゃんらしくしたから、愛されたのだとおもう。

以下、自分の感想です。


最初の加藤家でリストラされてからの彼は、「チームを運営して成果を出す」という、自分に苦手な業務でのある失敗から苦悩し、「他者・上司の評価」ということで、その半生をさまよった。


ただでさえ、戦場で自分を目立たせようとしたのは、みんなに愛されたかったからだった(だからいつも自分を大きく見せていた)からだったかもしれない。(寂しがりやだったのかも)


最後は、「勇気がある」という部分では負けない・・と自分が(自分で自分が好きな部分)得意な部分で、大暴れ奮戦した。

「現場でのムードメーカー」「喧嘩がつよい」「怖いもの知らず」という自分の強みを自分で受け入れて、死んでいった。


現在は新聞などで、日本型の終身雇用の制度が崩れている、というニュースをよく聞くが、世界の市場がグルーバル化することで
企業の人材について、日本と欧米とのありかたの相違点が取りざたされます。

・日本の企業が・・職能をえらべない。能力を横型にのばす。(得意分野を広げて満遍なくこなせるようにする)

・欧米の企業が・・能力を縦型に伸ばす。(得意なことに特化させて能力を発揮させる、そのスキルを伸ばさせる。)


よく聞く話では、昨日まで総務だった方が営業に回されたり、工場勤務で熟練工だった人が、職人仕事をやめさせられ、事務をやったり、営業だった人がロジスティクス部門へいかされたり・・を見直してはという意見がある。今回の塙団衛門という人物ににかんしていえば


①フロント側が、彼の苦手な業務に彼をつかってしまった、彼の得意なことをさせて全体の成果をあげなかった。


②団衛門自身も、組織内において、自分が力を発揮できる環境造り、人間関係の構築ができなかった不器用な点


などにも一考の余地はあるのではないかとも思いました。

かれは作戦を指揮する能力という 自分に無いものを自分に求めてしまった・・。
自分に無いもの、って過大に考えてしまいがちですよね・・。それができないからオレはだめだ、とか。ひとって、たくさんのいいものをすでに持っていたりするのに。


よく「水を得た魚」とかいいますが、えら呼吸するからこそ、魚であり、陸上でそれをしろといっても無理ですよね。陸の動物が水の中で何時間ももぐっていられないように。


もういちど、自分がもっていないものを得るためにがんばるのではなく、

自分がもっているもので、人に貢献できる事はなにか?それを生かすにはどうするか・・

についても、このBLOGを書きながら 考えてみたりもしました・・。

ともあれ、考え方や人の行き方・・時代とともに価値観は移ろってゆきますが・・。


最後に、たったひとり、大きな槍を握って、騎馬にまたがり敵の大軍へ、真正面から疾駆し、立ち向かってゆく、団衛門の勇姿・・に思いをはせながらこのお話を終了したいと思います。(下の写真・・団右衛門の墓)
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※また、あすはおいしいおつまみでも作りますか!!

hiro志

~  参考引用 ※敬称略 ~

中公文庫 「言い触らし」
  新潮文庫 「城塞」     ともに司馬遼太郎著

WEB SITE 以下より引用させていただきました。深く御礼申し上げます。

 ・Wikipedeia 「本橋町の夜討ち」

・wikipededeia 「塙直之」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A1%99%E7%9B%B4%E4%B9%8B
・坂の上のサインボード《https://signboard.exblog.jp/23731626/

・ここでも道草《http://mitikusa.lekumo.biz/blog/2016/11/25-7a1a.html
・Tetsu龍 罷り通る《https://ameblo.jp/ginga-11/entry-12128479053.html
・森の踏切番日記《http://morifumikirikita319.hatenablog.com/entry/2016/12/04/140511
・小手伸也 (@KOTEshinya) on Twitter
・関が原観光実用マップ 樫井の戦い 《 https://sekigaharamap.com/kashii/ 》

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